僕の履歴書第一回目 堕落した少年時代、オークション、そしてホスト

 

 

 

 

 

十代の頃の僕は、

正直あまり学校に行くような生徒ではなかった。

 

学校に行っても、授業中は寝ている。

今思い返してもそんな記憶しか無い。

 

学校で気の合う仲間も少なかったため、

登校するのがめちゃくちゃ憂鬱に感じた。

 

趣味は音楽で、バンド活動なんかもしていた。

 

文化祭で皆の前で目立つ事に生きがいを感じ、

弾けもしないギターを何本か持っていた記憶がある。

 

色々な所でライブをして行くうちに、趣味を通した仲間と知り合い、

その事が余計に僕を学校へ行く事を遠のかせる事になる。

 

そして毎晩の様に夜の街に繰り出し、

遊びまくるのが趣味の生活。

 

それと、先輩の車で街や港へ遠出を

繰り返しながらナンパに明け暮れると言う、

まさに絵に書いたような堕落した生活を送る。

 

朝に帰って来て、そのまま

学校に行く事も日常茶飯事だった。

 

それと共に、なんと言うか

人生は楽しい面ばかりで無く、

辛いことや恐ろしい事などが

それ相応に返ってくる事を知る事になる。

 

ただそれなりに夢のような物を持っていた。

 

美容関係の仕事に就いて、将来は

ヘアメイクスタジオか美容室を開きたいと言う夢だ。

 

そんな事もあり、高校三年生の

中盤あたりから、単位を取る為に

自ら学校に行くようになっていた。

 

自分でも”このままではいけない”

と心の中で深く考え始めた上での行動だった。

 

専門学校に入った僕は、

そこからハッキリとした目標に変わり

人生を変えるなら今しか無い

そう思い、ひたすら練習と勉強に励んだ。

 

そして順調に就職先を見つけて、

卒業後に大きな会社の美容師として働き始める。

 

だが働き始めて、

夢と現実のギャップを痛感したのと、

肌荒れに悩む生活が続く。

 

毎日朝から深夜までお店に居て、

自由が一切無い様な生活。

 

それに付け加え、安月給と言う事実が

当時の僕は耐えられなくなり、

結局半年後に会社を辞めた。

 

そして後輩の誘いもありホストとして働き出す。

 

この”ホスト”だが、正直僕の性に合っていた。

 

同年代の若い子が毎日来店して楽しかった事と、

接客自体は僕の得意な分野だったからだ。

 

だがホストとして働いているうちに、

夜働いて朝に帰る生活に嫌気が差したのと、

 

”何のために美容学校に言ったんだ!

何一つ成し得ていないじゃ無いか!”

 

と言う気持ちに駆られ、

再び前に働いていた美容の会社に戻る。

 

その後は地道に働き続け、スタイリストとなった。

 

そしてその一年後に

”住んでいる場所に近い所で働きたいな”と思い、

店を変えて再スタートを切り、順風満帆な生活を送る。

 

新しく車を買い替え、

週末はドライブする事が、この時の僕の趣味だった。

 

 

だがそんな平和な生活も、ある日を境に影を帯び始める。

 

突然の借金だ。

 

ある事件を機に、僕は莫大な借金を背負い、

それを返す為に、自らもまた借金をする事に・・・・・。

 

焦った僕は借りたお金を全部つぎ込んで、

切った貼った一か八かのギャンブルの世界で、

一括返済を試みるが、そんな事が上手く行くはずも無く、

見る見る借金は膨れ上がって行った。

 

そして何もかもが嫌になり、週末はクラブに出入し、

爆音の中に身をまかせながら現実逃避をする日々を送った。

 

自分自身で負のスパイラルを生み出し、

その時本気で”死”を意識する様になる。

 

だがそこでも”何とかしなくては”と再び思い直し、

美容の仕事を続けながら毎月返済し始める。

 

その当時、借金返済の為にモバオクに商品を

出品したのが、ネットビジネスに出会ったきっかけだった。

 

確か最初に出品したのは、車のホイールだ。

 

生活に困った僕は、以前乗っていた車のホイールを

アップガレージに持って行き、少しでも生活の足しにする事にした。

 

そんな折に仲良くしていた友人から、

初めてモバオクの存在を教えられる。

 

彼が言うには

「オークションの方が高く売れる確率があるし、

持って行く手間を考えたら始めてみてはどうだろう?」

と言う事だった。

 

いらなくなった物をネットで売る事が出来る

まさに当時の僕にはとても新鮮な事だった。

 

さっそく僕は、 車のホイールを

出品した後、翌日携帯を覗いて驚愕した。

 

精々1万円位の値がつけばいいかな?位に思っていたのが、

なんとわずか1日で2万円の値が付いているではないか!

 

しかも開催日数を7日に設定して

いたことから、まだまだ終了までの時間がある。

 

この時の僕の正直な気持ちは

「オークションってメチャクチャやべーじゃん!もっと早く知りたかったな~!」

だった。

 

結局ホイールの最終落札価格は、

5万円位と言う高値が付いた。

 

そして発送はわざわざ持ち込まずとも、

集荷と言うシステムがある事も、その時初めて知る事になる。

 

最初の取引から気をよくした僕は、

他のパーツを次々と出品して行く。

 

驚いたのが、どれも

予想していた金額よりも高く売れた事だった。

 

今思えば、当時人気があり

希少なパーツばかりだったから高く売れたのだが、

当時まったくの素人ながらも、ネットの世界に未来を感じた僕は、

よし!将来は絶対にネットビジネスで飯を食ってくぞ

と言う決意がそこから生まれる事になる。

 

そうやって何とかやりくりしていたが、

ある時売る物が無くなり、とうとう首が回らなくなった。

 

要するに、借金が毎月きちんと返せなくなる寸前だった。

 

そんな真冬のある夜、

友人の家で何をする訳でも無く過ごしていると、

ある雑誌が僕の目に止まった。

 

メンズナックルと言うホスト系の雑誌だ。

 

そこに広告枠として紹介されていた、

入店祝金3万円と言うホスト募集の求人を見て、

「つーか入店祝金なんか貰える訳ねーじゃん」

と思いながらも、その時の僕には

もはやこの世界しか残されていないか・・・

と言う気持ちになり、日本一の歓楽街

新宿歌舞伎町で再びホストになる決意をする。

 

そして働いていたお店を

ありがちな理由を付けて辞め、

親にも適当な嘘をつき、真冬のある夜

”俺にはもう後が無い。何が何でも成功してやる!”と言う

思いを胸に秘めながら、左手に切符をギュッと握りしめ、

キャリーバックを転がしながら新幹線に乗り込んだ。

 

この後更に、壮絶な展開が待ち受けている事も知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 元歌舞伎町某店NO1ホストという異色の経歴を持つアフィリエイター。座右の名は、『明日やろう今度野郎は馬鹿野郎』。人生のテーマは、『楽しく仕事をやりながらも、思い立った時に好きな事が出来る生活を送る』。このライフワークを体現すべく、目下精力的に活動中。
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